その日も俺はいつも通り学校に向かった。緑の葉を揺らす風が心地良い。良く晴れた五月の空を見ていると、昨日の心境も忘れた。
「なんでですか!?そんな――」
学校に着くと一番に目に飛び込んできたのは、担任の山田先生と、俺のクラスの委員長兼美化委員長の斎藤 実美(さいとう みみ)。校内に響くくらいの大声で話していて、嫌でも目についた。
それをスルーして、俺の教室である二年四組を目指した。教室前に着くと、数人の男女の笑い声が聞こえた。入ってすぐその方に目をやると、誰かの机の上に一輪花を差した花瓶を置いて「ご愁傷様です」と言って笑っていた。机の主は容易に判断出来るだろう。そう、としきのだ。
昨日の感情が蘇ってきて居心地が悪くなった俺は教室から出て行った。
「あ、サンノ君。おはよう」
廊下に出るとすぐ委員長に声をかけられた。いつもと変わらない眼鏡と綺麗に束ねたポニーテール。その風貌はまさに委員長(サンノの中の価値観で)。
「おはよう。そう言えばさっき先生ともめてたね」
「あ、聞こえてた?」
「うん。イインチョ声大きかったし」
「だって聞いてよ!屋上の入り口のドアが建て付け悪いから直してって言ったのに、先生ったら別に今まで問題無かったから駄目だって言うのよ!地震とかあったら危ないじゃない!」
しまった。どうやら地雷を踏んだらしい。こうなると委員長はしつこい。どうにかして話題を変えないと。
「へ、へぇ。そりゃよくないね。そういえば――」
「でしょ!?それに聞いてよ!」
どうやら抜け出すのは無理なようだ。
「へぇ」
「ふ〜ん」
「そりゃひどい」
心のスイッチを切ると、ただ相づちに徹した。
「――なのよねぇ。サンノ君はどう思う?」
「えっ!?」
やばい。なんか途中で話題変わったぽいけど、内容はさっぱり聞いていなかった。委員長はいい加減なのが大嫌いだから答えられないと殺される。非常にまずい。
「まさか、サンノ君、聞いてなかった……とかは な い よ ね?」
「ま、まさか!そんなわけ――」
「みーみーちゃーーーん!」
俺の後ろから元気な声が響く。振り向くとツインテールの背の低い女子がこっちに走ってきていた。
「あ、のり子。おはよう」
「おはよ〜う!」
彼女の名前は金子 のり子(かねこ のりこ)。重度の天然であり、それが彼女の持ち味(?)だ。
「おはよう」
「あ、ミノ君。おはよ〜う!」
「サンノだよ!もういい加減覚えてよ……」
もう二年になって一カ月なのに、名前を覚えて貰えないのは悲しかったが、その反面感謝の気持ちが芽生えた。これで何とか話をそらせられる。
「あ、のり子。あんたまた輪ゴムで髪とめてきてる!」
「ぅあ?あ〜」
「ほら、これ使いなさい」
「わ〜い」
なんか親子みたいだ。しかも違和感がない。
『緊急職員会議をしますのて、教師の皆さんは至急職員室に来てください。繰り返します。――』
会話を突っ切るチャイムと共に連絡が入った。
「みみちゃん、なんかあったのかなあ?」
「うん。あ、だから先生急いでたのね」
「おいおい……」
会話が途切れたのでその流れのまま教室に入る。だいぶ生徒が集まってきていて、とても賑やかだった。数分後、始業のチャイムがなる。だが、五分経過しても先生は来ない。
「どうしたんだろ?」
「職員会議じゃねえの?」
「授業なしになれえ!」
みんなはいいように騒ぎ出した。俺はクラスを見渡す。としきはいない。今日は休みか……。そんなことを考えていた。
「ほらほら席について!」
唐突に担任の山田先生が教室に入ってきた。この時間は山田先生の授業ではない。何かあったのだろうということは容易に予想がついた。
「なんで山田先生?」
「どーでもいいけど遅いよ〜」
「チッ、自習じゃねぇのか」
「ごめんね。ちょっと大事な話があるからみんな静かにしてくれる?」
みんな各々の席についたが、騒ぎが止むことはなかった。そのうるささに少し苛々した。最近苛々することが多い気がする。
「何々?結婚っすか?」
「ゴメンね、茶化さないでね」
そう言うと先生は黙ってしまった。その先生の沈黙が教室中に広まっていく。重苦しい空気がゆっくり充満する。クラスに音が無くなると、先生はゆっくりと重い口を開いた。
「今日、休みが二人いるでしょ?里中君と、羽村君……」
たどたどしい口調で先生は話を続ける。
「な、なんて伝えればいいか分からないんだけど……」
突然、先生は涙を流し始めた。にわかに教室がざわつきだした。
「里中君がね……。き、昨日……殺されちゃったの……」
教室の空気が一気に氷ついた